大判例

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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)5513号 判決

原告(反訴被告) 佐藤宰

右代理人弁護士 正田光治

同 城下利雄

被告(反訴原告) 柴田栄治

〃 岸高嘉子

〃 柴田等

右三名代理人弁護士 遠矢良己

同 三宅修一

被告 久米嘉市外五名

補助参加人 佐藤リカ

右四名(山田、湊本、佐藤北耕、佐藤リカ)代理人弁護士 遠矢良己

被告(兼補助参加人) 一ノ宮敏子

右代理人弁護士 三宅修一

主文

原告の本訴請求を棄却する。

反訴原告柴田栄治同岸高嘉子は、東京都中野区打越一三番の一五宅地二〇三坪七合のうち別紙物件目録第一、第二の建物の敷地合計八三坪二合三勺について、反訴原告柴田等は、右宅地のうち第三の建物の敷地四四坪九合一勺について、それぞれ賃借権を有することを確認する。

その余の反訴請求はすべて棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告その余を反訴被告らの負担とする。

事実

≪省略≫

理由

(本訴について)

原告が昭和二六年九月三日訴外阪本合資会社から、本件土地二〇三坪を買受け、同月五日その所有権取得登記をしたことは、被告久米、同佐野(栄義)、同大島を除く当事者間において争いなく、弁論の全趣旨により明かな事実である。被告柴田栄治、同岸高嘉子が同地上に本件第一、第二の建物を所有し、昭和二九年一月一六日その所有権保存登記をし、その敷地を占有すること、及び被告柴田等が、訴外柴田恒から昭和二九年二月九日、第三の建物について贈与を受けたものとして、所有権取得登記をしたこと、及び他の被告等が本件建物のうち、原告主張の各部分を占有することは、当事者間に争いがない。なお、被告ら(前記被告久米、同佐野栄義、同大島を除く。以下同じ)は、右第三の建物について、被告柴田等は、登記名義を有するに過ぎず、真実の所有者は、被告柴田栄治であると主張するが、後述のとおり証人伊藤勝栄の証言により、右建物は、同被告らの先代柴田恒が柴田家の家産とする意思で、女婿である被告柴田等に贈与したものと認めるのが相当であるから、名実ともに、被告柴田等がこれを所有し、且つその敷地を占有するものである。

そして、被告らは、右の占有は、被告柴田等、同柴田栄治及び同岸高嘉子が、先代柴田恒から承継した借地権にもとずくもので、右被告らは、その借地権をもつて原告に対抗し得るものであると主張し、原告はその対抗力を否認するもので、この点について判断する。

原告が本件土地を買受けた当時、既にその上に本件第一、第二、第三の建物が存在し、柴田恒がこれを所有し、同人は前地主阪本合資会社に対して本件土地の借地権を有していたこと、及び当時右建物について保存登記なく又借地権の登記がなかつたことは、当事者間に争いがない。従つて、建物保護法の規定する原則にしたがえば、恒は右借地権を以て新地主たる原告に対抗し得ないはずである。然し、「対抗できない」という意味は、第三者がこれに対して否認権を行使し得るという意味であり、その否認権の行使は信義誠実の原則によるべく、又その濫用が許されないことは勿論である。そして証人伊藤勝栄、同西田三郎の証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると、次の事実を認めることができる。

(1)被告柴田栄治、同岸高嘉子、同柴田等の先代柴田恒は、本件土地を含む宅地二七八坪を訴外阪本合資会社から賃借し、その上に本件第一、第二、第三の建物及び第四の建物(現在原告所有)を建築所有していた。原告は第四の建物を恒から賃借し居住していたが、昭和二二年一月三〇日恒から右建物を買受け、次いで同年一〇月三一日右建物の敷地及びこれに隣接する八坪七合二勺及び私道の一部四坪九合の合計五七坪を分筆して右会社から買受けた。

(2)その後、原告は、昭和二六年九月三日右阪本合資会社から本件宅地二〇三坪を買受け、同月五日所有権取得登記をした。

右の事実によれば、もともと恒の所有する家屋の借家人たる立場にあつた原告が、右の家屋を恒から買受け、更にその敷地及びこれに隣接する恒の借地を地主阪本合資会社から買受けるや、右隣接地上の建物に登記なきを奇貨として、建物保護法を援用して恒の借地権を否認しようとするのは、建物保護法そのものの趣旨を没却し、且つ信義則に違反するものである。まして、証人西田三郎の証言によれば、原告が右会社から本件土地を買受けた当時その買受価格は、同地上に本件第一、第二、第三の建物が存在したことを考慮して格安に定められたことが認められるのであるから、右の否認権の行使が信義則に違反することは明白である。故に、原告は本件土地に対する恒の借地権を否認し得ず、従つて、恒に対する本件土地の賃貸人の地位を前地主阪本合資会社から承継したものである。

そして証人伊藤勝栄の証言によると、被告柴田栄治及び岸高嘉子が、相続により、恒から右借地権を承継したこと、及び被告柴田等が、第三の建物を恒から贈与されるについて、その敷地の借地権を承継したこと(この点については後述)が認められる。よつて同被告らは本件土地について、原告に対抗し得る賃借権を有する。

そこで次に原告の再抗弁(賃貸借契約解除)について判断する。

原告は、恒が本件土地の一部を無断で被告柴田に転貸し、又はその借地権を同被告に譲渡したと主張し、これを理由として、恒との間の賃貸借契約を解除したと主張する。そして、被告らは、この点について、被告柴田等は単に登記名義人になつたに過ぎず、真実の所有者は柴田栄治であると主張するが、証人伊藤勝栄の証言によれば、柴田恒は昭和二八年末頃、病床にあり、自己の死期の近きを悟り、その遺産である本件第一、第二、第三の建物が、多数の相続人間の争いの種とならぬよう、これを柴田家の家産として、維持管理することを差配人伊藤勝栄に依頼したので、伊藤は、家屋台帳を調査したところ、第一、第二の建物は恒の長女、俊子(被告柴田等の妻)の名義となつており、第三の建物は恒自身の名義となつていたので、恒の意を体して、他の親族らとも相談の上、第一、第二の建物については、俊子の子であり従つてその相続人たる被告柴田栄治、同岸高嘉子の共有の保存登記をし、第三の建物については、恒の名義で保存登記をした上、これを恒の女婿であり且つ柴田家の当主たる立場にある被告柴田等に贈与したものとして所有権移転登記をしたことが認められる。そうすると右第三の建物は恒の意思にもとずいて被告柴田等に贈与されたものであり、これにともないその敷地の賃借権も同被告に譲渡されたものと見るのが相当である。しかし、それは、右に述べたとおり、柴田恒及びその相続人らの間においてなされた遺産処理の方法にすぎず、その性質上法定の相続に準じて考えるべきものであるから、何ら賃貸人との間の信頼関係を破るものではない。そして賃借物の無断転貸又は賃借権の無断譲渡について、それが賃貸借契約上の信頼関係を破壊しない特別事情ある場合には、賃貸借契約解除の原因とならないと解すべきであり、右の如きはまさにその特別事情に該当するから、これを理由とする原告の契約解除の意思表示は無効である。

次に原告は、被告柴田栄治及び被告岸高嘉子が本件第三の建物を原告に無断で被告一の宮敏子に売渡し、その敷地を同被告に転貸し、又はその借地権を譲渡したと主張し、これを理由として、右被告らに対して賃貸借契約を解除したと主張する。しかし、証人(兼本人)一の宮敏子は、右第一の建物に居住していた者であるが夫に死別し生活に困窮したので、右建物を第三者に転貸し、その賃料収入を生計費の一部としたいと考え、差配人伊藤と相談したところ、伊藤から右建物を買つてもらいたいと言われたが、資金がないためこれを買い受けることができなかつたので、将来本契約の時期及び価格については改めて相談することとして、売買予約を締結し、その保証金(前渡金)として伊藤に金一五万円を支払い、売買予約の仮登記をし、本契約成立までの間、第三者に転貸することについて伊藤の承諾を得たことが認められる。但し同被告は転借人山田幸造、同小笠原久人等に対しては、権利金を取る都合上、既に所有権を取得したものの如く振舞つていたことが、右の証言等からもうかがわれるのであるから、甲第八号証の一、三、同第九号証の記載、証人山田幸造、同小笠原久人の証言等は、右の認定の妨げとなるものではなく、その他、この点に関する原告の主張を肯認させる証拠はない。そうすると、被告柴田栄治、同岸高嘉子が本件第一の建物の敷地を被告一の宮に転貸し又はその賃借権を譲渡したことは認められないから、原告のした、右解除の意思表示はその前提要件を欠き無効である。

右に述べたとこにより、被告柴田栄治、同岸高嘉子、同柴田等は、それぞれその所有する本件建物の敷地について、借地権を有し、しかも右の借地権を以て原告に対抗し得るものであるからその明渡及び賃料相当の損害金の支払を求める原告の請求は失当である。そして他の被告らは、右三名の被告らから本件建物中の各占有部分を適法に賃借したものであることは本件口頭弁論の全趣旨により明かであるから、他の被告らに対する退去明渡の請求も失当である。よつて原告の本訴請求は全部失当であるから棄却する。

(反訴について)

反訴原告柴田等が第三の建物の敷地四四坪九合一勺について、同柴田栄治、同岸高嘉子が第一、第二の建物の敷地合計八三、二三坪について、それぞれ原告に対抗し得る借地権を有することは本訴に対する判断中に述べたところにより明かであるから、反訴請求中、右の敷地(中野区打越一三番の一五宅地合計二〇三坪七合)について、各借地権の確認を求める部分は正当である。

次に、反訴原告らは、右第一第二第三の建物の敷地のほか、現在反訴被告所有の前記第四の建物の敷地となつている中野区打越町一三番の三宅地五七坪のうち、反訴状添付の図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)、(ト)(チ)(リ)(ヌ)、(ル)(ヲ)(ワ)(カ)の線で囲まれる部分について、反訴原告らの借地権の存在することを主張し、その確認及びその上にある反訴被告所有の工作物等の撤去を求めるので、この点について判断する。

証人小崎信邦、同伊藤勝栄の証言、反訴被告本人尋問の結果及び成立に争のない甲第一七号証を綜合すると、反訴被告は前述のとおり、前記第四の建物を柴田恒から賃借していたものであるが、昭和二二年一〇月頃、当時恒の差配人をしていた橋本平之亟から右の建物を買い取つてもらいたいとの申込を受け、敷地が手狭であつたので、敷地をもつと拡げるならば買つても良いと答えたところ、平之亟はこれを承諾し、同人及び地主阪本合資会社の管理人井筒静次郎の立会のもとに、前記の部分を含む新たな敷地の境界を確定した上、右建物を恒から買受けたことが認められる。そうすると、右の敷地の拡張部分については、恒は差配人橋本平之亟を通じて借地権を抛棄したものと認めるのが相当であるから、この部分について賃借権の確認及び工作物の撤去を求める反訴原告らの請求は失当である。

次に、反訴原告らは、右第四の建物の敷地に隣接する私道(打越町一三番の二宅地三〇、九一坪)及び反訴状添付図中(ワ)(ヨ)(タ)(チ)の線で囲まれる部分について、時効により取得した通行地役権を有すると主張し、その確認を求めるとともに、右(ワ)(ヨ)(タ)(チ)の部分にある工作物の撤去を求めるので、この点について判断する。

証人伊藤勝栄の証言、反訴被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、右の私道部分は、もともと、柴田恒が阪本合資会社から賃借していた借地の一部分であり、恒はこれを借地の一部分として使用していたところ、昭和二六年九月三日反訴被告がこれを本件土地とともに阪本合資会社から買受けその所有権を取得したことが認められる。土地の賃借権者が地役権の主体となり得るか否かは、判例学説上争いのあるところであるが、右の事実関係によれば、少くとも昭和二六年九月二日までは、柴田恒がその借地の一部として使用していたに過ぎず、そこに要役地承役地の関係が成立していなかつたことは明かである。要役地、承役地の関係が成立するとしても、それは昭和二六年九月三日、反訴被告が右私道部分の所有権を取得した後のことであるから、未だ時効期間は経過せず、地役権の取得時効は完成していない。なお右私道のうち、反訴状添付図面(ワ)(ヨ)(タ)(チ)の線で囲らる部分については、前記のとおり、昭和二二年一〇月頃、柴田恒が差配人橋本平之亟を通じて反訴被告のために借地権を抛棄したものと認められるから、この部分については、反訴原告らのいかなる権利も存在しないことは明白である。通行地役権の主張は、右に述べた理由により失当である。

次に反訴状第三項記載の損害賠償の請求について判断する。

反訴原告らは、反訴被告が、本件第二の建物について仮処分を執行し、且つその居住者を相手方として立退請求の訴を提起したため、居住者のうち足立秀五、藤原薫及び笹子幸子の三名が、驚いて立去り、反訴被告はその立去つた後の室を釘付けにしたため、右建物の賃借人佐藤リカが、その転貸料を右三名から徴収できなくなり、従つて原告らも佐藤から賃料を徴収できなくなつたため、賃料相当の損害を蒙つたと主張する。しかし、右の仮処分が占有移転禁止、原状保全の仮処分であつて、居住者の立退を命ずるものでなかつたことは、弁論の全趣旨により明かであるから、右仮処分の執行乃至本訴の提起により、居住者が驚いて立去つたということは、その通常生ずべき結果ということはできない。従つてかりに反訴原告らがその主張のような損のような事情を蒙つたとしても、それと右仮処分の執行乃至提起との間には相当因果関係が存在しない。反訴請求中損害の賠償を求める部分は、その他の点について判断するまでもなく、この点において既に失当である。

よつて、反訴請求中、本件第一、第二、第三の建物の敷地について借地権の確認を求める部分のみを認容し、その他の請求をすべて棄却する。

(結論)

よつて、訴訟費用について民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺均)

〈以下省略〉

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